イメージ画像

江戸時代から縁起物として伝わる一関市・平泉町の「もち」を味わう旅

地域:

もち。 それは、日本に古来から伝わり、もち米を蒸して臼で粘り気が出るまでついて作る、日本人にとっては一般的な食べ物です。 そんなもちと、地域の伝統が密接な関係を築いてきたエリアがあります。 東北の一関市・平泉町。 この地に行くならぜひ味わっていただきたい、おもち料理ともちの魅力をご紹介します。

一関市・平泉町の「もち食文化」とは? 

本州の東北部に位置している一関市・平泉町エリア。 秋には黄金色に輝く田んぼが広がる、昔ながらの田園風景を見ることができます。 そして、この黄金の絨毯が、もちの原料である稲です。

イメージ画像

収穫したての稲は水分を多く含んでおり、カビがつくなど品質が落ちる原因になるため、お日様の力で乾燥させる方法(天日干し)をとるそうです。

イメージ画像

田んぼに人が立っているような面白い光景ですよね。 稲を木(はさ木)にかけた乾燥方法である天日干しは、山の斜面などを利用した田んぼ(棚田)で見られる珍しい風景だとか。 昔はいろんな田んぼで見られましたが、効率が悪いうえに大変な労力がかかるため、天日干しを行う農家は少なくなっているそうです。 実際に近づいて見てみると、収穫後の稲穂にはお米がぎっしり実っています。

イメージ画像

岩手県一関市と平泉町は、全国有数の穀倉地帯であり、寒さの厳しい東北地方においても、比較的気候が温暖で米づくりに適しているそうです。 こんな背景から生まれたユニークな「もち食文化」。 その歴史を知るとより深い味わいに……。

農民たちの工夫によって生まれた一関市・平泉町独特の「もち食文化」

一関市・平泉町の「もち食文化」の起源は、さかのぼること江戸時代。 当時この地を治めていた伊達藩が、毎月1日と15日を休息日として制定。この2日間は必ずもちをつき、神棚へ供え、平安を祈る習慣があったそうです。

イメージ画像

しかし、神様には白いもちを供える一方で、貧しかった農民たちはそのもちを食べることができなかったのだとか……。 農民たちは白いもちの代わりとして、くず米を粉にして練り、雑穀などと混ぜ合わせた「しいなもち」と呼ばれる”白くないもち”を食べていました。 その「しいなもち」をより美味しく食べるために、農民たちが趣向をこらし続けてきたことが、今に伝わる種類豊富な一関市・平泉町独特の「もち食文化」につながっているそうです。 そんな時代に想いを馳せると、また面白いですね。

バラエティに富む、もちの種類と食べ方

イメージ画像

一関市・平泉町で食べられるもちの種類は、その数300以上とバラエティに富んでいます。 一度に全部食べるのは難しいと思いますので、代表的なものをご紹介。 まずは、甘いずんだ(枝豆を茹ゆでてすりつぶしたもの)やあんこ、きなこなどのお菓子もち。 そして、お雑煮や納豆、きのこ類と合わせた惣菜もち。 さらに最近では、とろとろに熱したチーズにからめて食べる洋風アレンジの「創作もち」も登場し、海外の人にも好評です。 一関市・平泉町の「もち食文化」は、今もなお、進化し続けているんですね。 また、季節の行事や儀式などによって食べ方を選ぶことができるのも「もち食文化」の特徴。伝統的で見た目も鮮やかな「果報もち」は、現在もお祝い事などでよく食卓に並び、観光客にふるまってくれるお店もあります。

イメージ画像

「食べるのがもったいない!」と思うほど、色とりどりで綺麗ですよね。 かつて、お大師様(弘法大師)へのお供え物だった果報団子に由来。 萩の小枝を入れておいた団子に当たると幸運(果報)があるということから、縁起物として今に伝えられているそうです。 実際に、いずれかのもちの下には萩の小枝が入っており、当てると嬉しい気分に! 「果報もち」はお土産としても人気の商品なので、要チェックです。

お問い合わせ先

イメージ画像 イメージ画像
名前一般社団法人一関観光協会
TEL0191-23-2350
URL http://www.ichitabi.jp/